ペイズリー紋様

 北イタリアに位置するロンバルディア州は魅力に富むエリアである。州都のミラノは言うに及ばず、ベルガモやマントヴァ等の中小都市にも中世と現代が融合した魅力的な都市が多い。ロマネスク時代に「マエストリ・コマチーニ」、即ち「コモの石工たち」と呼ばれた建築家集団はこの一帯で「ロンバルディア様式」と呼ばれる新様式を確立する。ミラノやコモを訪ねると独立した鐘楼を両脇に従え、外部を帯状装飾や小アーケードで飾った丸天井の教会を見かける。これが典型的なロンバルディア様式である。またロンバルディア州は経済的にも豊かで、コモ湖に代表される湖水地方は風光明媚なだけでなく気候も比較的温暖。それだけに「暮らすならロンバルディア」というイタリア人の願望も頷ける。

 昔からコモ一帯はシルク産業が盛んである。当然プリント技術も高く、日本から毎年大勢の染色関係者が訪れる。そのプリントの頂点に君臨するのがラッティ社。創業以来ペイズリー柄一筋で、同社が誇る精緻なデザインは他社の追随を許さない。工場の棚に並ぶ紗張りの捺染(なせん)スクリーンには一流デザイナーのサインが入り、出荷作業所はブランド別に検反出荷するようシステム化されていた。ところで同社がペイズリー柄に拘る理由は何だろうか。理由は単純明快。世界にはペイズリーファンが大勢いるが、ペイズリー柄は精緻なデザイン描写と高いプリント技術が要求されるためユーザーを満足させられる企業が極めて少ないからである。需要が多く供給元が少なければ利益率の高い商売が可能。その象徴がセレブの別荘が並ぶコモ湖畔に建つ素晴らしいデザインスタジオである。ラッティ社のペイズリーは世界の一流ブランドに数多く採用されているが、日本でもT社がカーテン事業に参入した際にステイタスを高める観点から総合見本帳に収録した経緯がある。当然、カーテンが主力と思いきや、「主力はアパレルでインテリアテキスタイルは僅か」とラッティ社の社長は語っていた。

 ところでロンバルディア州にはペイズリー柄を売物にしている企業がもう1社ある。1968年、ジーモ・エトロがミラノで創業したエトロ社だ。同社がペイズリー柄のレザーバッグを発売したのは1984年、以降の同社躍進は目覚しい。推測だが同社のバックもラッティ社でプリントしていると思われる。その正否はともかくインド北部カシミール地方発祥のカシミール紋様が英国に伝わった後、スコットランド南西部の生産地ペイズリー市にちなんでペイズリー柄と呼ばれるようになった。これと同じ理屈で今度はペイズリー柄が現代の生産地にちなんでロンバルディア紋様と呼ばれる日が来るかもしれない。

写真:ペイズリー紋様(ラッティ社デザインスタジオ)